医療情報システム創成機構ロゴ
トップページ お問い合わせ
お使いのブラウザでは当機構のサイトを正しく表示できない場合があります。セキュリティ対策のため,最新のブラウザのご使用をお勧め致します。
【解説】
医療情報システムの仮想化
  1. 0.医療情報システムの仮想化について
  2. 1.サーバ仮想化の概要と用語の整理
  3. 2.サーバ仮想化技術の種類と機能
  4. 3.医療情報システムにおける仮想化
  5. 4.病院内部門システムの仮想化事例
  6. 5.病院内における運用方法と課題
  7. 6.クラウドへの展開
第3回 医療情報システムにおける仮想化
第3回 目次
病院情報システムの仮想化事例

 プラットフォーム仮想化の普及が進むなか,病院情報システムの仮想化事例がインターネット上でも多く確認できるようになってきました。仮想化を導入していても,事例や学会等で公知されていないケースも多いかもしれません。しかしながら,国内の病院の数や規模を踏まえても導入はそれほど進んでいないといえます。

 筆者らは,帝京大学医学部附属病院の病院情報システム構築において主に部門サーバ群の運用インフラとしてプラットフォーム仮想化を導入しました。2009年5月から本運用を開始し,当初は30の仮想サーバの運用でしたが,2011年11月現在では40の仮想サーバが稼働しています。開発・研究用サーバ群を含めると60以上の仮想サーバが稼働しています。筆者らの事例については次回記事で詳しく述べることとし,今回は比較的入手しやすい事例記事などを紹介します。

 2010年に開催された第30回医療情報連合大会では,大会企画として「電子カルテ基盤としてのクラウド・コンピューティング技術の実際」というセッションが設けられました。当セッションにおいては,福井大学での仮想化の取組みが紹介されました。2007年ごろから評価をすすめ,2011年4月から本運用を開始した模様です。また,成育医療研究センターでは,インターネットから隔離された院内の病院ネットワークにおいても,安全にインターネット環境が使用できるようにするための手段として,プラットフォーム仮想化を導入している事例が紹介されました。

 そのほか,インターネットで公開されている国内での事例としては,医療法人社団 王子会,京大病院,社会福祉法人 恩賜財団 済生会熊本病院,久留米大学病院などの導入事例などを見つけることができます。

 なお,上記はインターネット検索において得られた一部の結果であり,各事例記事のベンダー各社と当機構は関係がありません。お問い合わせは各社へお願いいたします。

デスクトップ仮想化とプラットフォーム仮想化
シンクライアントシステムの概念
図3.1 シンクライアントシステムの概念

 前述の事例記事において「デスクトップ仮想化」というキーワードが多いことに気付かれると思います。デスクトップ仮想化は,利用者が操作するクライアント機能のアプリケーションをサーバ上で動作させるものです。図3.1のように,ネットワークを介してユーザが入力したキーやマウスの動作をサーバに送り,アプリケーションの画面をユーザ側に転送します。いわゆるシンクライアント(Thin client)方式のことであり,主に以下ようなメリットが得られるとされています。

  • ユーザによって扱われるデータをサーバの内部のみで処理できるようになるため,情報漏えい等のセキュリティ上のリスクを低減させることができる。
  • 使用頻度の少ないPCが生じるなど,従来型は病院全体のシステム利用効率が悪い。シンクライアント方式ではユーザの利用状況に応じてサーバを利用できるため,病院全体でのシステム利用効率が向上する。
  • ユーザ側の端末は必要最小限の機能でよいため,PCを設置する場合に比べて導入から運用までのコストを下げやすい。

 しかし一方で,ネットワークやクライアントアプリケーションを動作させるためのサーバに障害が発生すると,その影響が広範囲に及ぶ可能性があります。病院情報システムにおいては,情報漏えい等のセキュリティ上のリスクを低減させるという利点が注目されているといえます。

 シンクライアントにはいくつかの方式があります。前述の事例記事では,プラットフォーム仮想化を用いない方式によるデスクトップ仮想化事例も含まれています。ここでは,アプリケーション仮想化方式とプラットホーム仮想化方式の比較について触れたいと思います。

シンクライアントシステムの概念
図3.2 アプリケーション仮想化方式のシステム概念

 アプリケーション仮想化方式では,アプリケーションソフトウェアをサーバ上へインストールします(図3.2)。アプリケーションをインストールしたサーバでは,ユーザからの接続のたびにアプリケーションを起動します。起動したアプリケーションの画面をユーザ端末に転送します。したがって,アプリケーションはサーバOS上で複数起動する形になります。一般的に,サーバOSと異なるプラットフォームのOSを対象にしたアプリケーションは利用できません。また,複数起動に対応していないアプリケーションにおいても問題が生じる可能性があります。 これらの問題を解決するための機能がアプリケーション仮想化ソフトウェアに搭載されていますが,実際に利用できるかどうかは事前の検証が必要です。

シンクライアントシステムの概念
図3.3 プラットホーム仮想化による
デスクトップ仮想化

 一方,プラットホーム仮想化による方式では,ユーザごとに仮想マシンが立ち上げられて,その中でOSとアプリケーションソフトウェアが起動します。起動した仮想マシンの画面をユーザ端末に転送します(図3.3)。通常のPCで動作している場合と同じ環境になるため,アプリケーションソフトウェアの互換性はアプリケーション仮想化に比べて高いといえます。しかしながら,ユーザごとに仮想マシンとOSが起動している環境になるため,アプリケーション仮想化に比べるとシステム全体の効率が下がるという欠点もあります。

 どちらにも優劣があるため判断は難しいところですが,

  • 医療情報システムにおいては特殊な画像や特殊なユーザインタフェースを用いているものが多い。
  • アプリケーション間の互換性が問題になることが多い。

などの実情を考慮すると,互換性の問題が小さいプラットホーム仮想化方式のほうがより安心して利用できると考えられます。近年のサーバハードウェアの性能向上は目覚ましく,むしろ余剰な状況であることも少なくありません。システム全体の効率を考えるとアプリケーション仮想化のほうが優位性があるかもしれませんが,今後はほとんど無視できるようになると考えられます。

停電対策とデスクトップ仮想化

 2011年3月11日に東日本を襲った大震災は,地震と津波だけでなく原発事故を引き起こすという未曽有の災害となりました。本災害により被災された皆様に改めてお見舞い申し上げます。

 原発事故の発生に伴い東京電力管内では輪番停電が実施されました。2時間ほどの停電とはいえ,病院運営には非常に大きな影響と課題を残しました。

 ほとんどの病院では,停電時の電力対策として非常用発電システムが導入されています。停電が発生した場合,これらの発電システムからの給電を受けることにより病院機能の維持が可能になります。しかしながら,発電機からの給電が始まるまでの間,電力供給が停止する場合があります。

 この問題に対してUPS(無停電電源装置)の設置が有効ですが,UPSは決して安価ではありませんし,内蔵されているバッテリーを定期的に交換しなければならないなど維持コストが高いという欠点があります。そのため,人工呼吸器などの重要な医療機器への設置は当然としても,すべての電子カルテ端末に設置するのは現実的ではありません。

 この問題に対してもデスクトップ仮想化が有効です。通常,サーバ室内は集中型UPSが導入されています。サーバごとにUPSを設けていることもあります。停電が発生して利用者の端末が停止しても,デスクトップ仮想化を用いている場合はサーバ上に作業状態が残っています。復電時にサーバへ再接続することで作業を再開することができます。デスクトップ仮想化の端末は最小限の機能で構成されていますので,停電をきっかけに端末が故障したとしても,安価に代替機を手配することができます。そもそも,最小限の機能で構成されているためにデスクトップ仮想化の端末は故障しにくいという利点もあります。

 以上のような利点があるため,病院情報システムではサーバ仮想化よりもデスクトップ仮想化のほうが導入が進んでいるといえるかもしれません。次回記事では,筆者らのサーバ仮想化事例について解説します。

(文責:水谷,2011-11-29更新)